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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(オ)886号 判決 1984年11月22日

上告人(原告)

熊本ヨシエ

被上告人(被告)

共栄火災海上保険相互会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三森淳の上告理由一ないし五及び七ないし九について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づくか又は原判決を正解しないでこれを論難するか、若しくは原判決の結論に影響を及ぼさない部分の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

同六について

原審の適法に確定した事実関係によれば、本件交通事故の加害自動車の保有者である訴外水野建設株式会社との間に自動車損害賠償保障法(以下「法」という。)一一条に基づく自動車損害賠償責任保険契約を締結していた被上告人は、本件事故によつて傷害を受けた訴外熊本亀吉に対し同法施行令(昭和五三年政令第二六一号による改正前のもの。以下「令」という。)二条一項二号イ所定の傷害による損害につき一〇〇万円、同号ロ以下所定の後遺傷害による損害につき九五二万円の保険金を支払つたところ、その後亀吉が死亡し、右死亡と本件事故との間には相当因果関係があつて、亀吉の死亡による損害は、所論先行訴訟の弁護士費用一七万七六六〇円を含め、合計九〇〇万七〇〇六円であるというのであり、右事実関係のもとにおいて、法一六条に基づき損害賠償額の支払の請求をすることができるのは、令二条一項一号による金額に限られ、亡亀吉が同項二号イ所定の損害の保険金として受領していた一〇〇万円は同項一号ロ所定の死亡に至るまでの傷害による損害の保険金に、同項二号ロ以下所定の損害の保険金として受領していた九五二万円は同項一号イ所定の死亡による損害の保険金にそれぞれ充当しなおされるべきものであつて、亡亀吉の死亡による損害はこれにより全額填補されているとして、上告人の本訴請求を排斥した原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づくものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 角田禮次郎 谷口正孝 和田誠一 矢口洪一)

上告代理人三森淳の上告理由

原判決は、主要事実の判断につき合理的、具体的な理由を附けず、不合理な矛盾した理由により上告人の主張を排斥した点において民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当する絶対的上告理由があり、又、既に支払われた損害賠償額が上告人の主張する人的損害額から控除されて本件請求がなされているのに、実質的にその既払額を二重にその人的損害に充当して上告人の請求を退けた点において自動車損害賠償保障法第一六条の解釈適用を誤り、更に被上告人が実質的には判断を求めては居ない抗弁を認めて上告人の請求を斥けた点において民事訴訟法第一八六条に違反し、それが判決に影響を及ぼしたことの明らかな上告理由もあるから、民事訴訟法第四〇七条、同第四〇八条により破毀さるべきである。

一 本件交通事故が発生した昭和五二年五月一七日当時の自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第一六条による同施行令(以下施行令という)第二条が定める同条第一項第一号イの「死亡による損害」(以下イの損害という)の保険金額限度額が金一五〇〇万円、同号ロの「死亡に至るまでの傷害による損害」(以下ロの損害という)の保険金額限度額が金一〇〇万円であつて、自賠法第一六条によつて交通事故の被害者(訴外亡熊本亀吉、以下亡亀吉という)、又はその相続人、即ち、本件の場合上告人が保障され、救済の対象とされている所謂人的損害につき、保険会社、即ち、被上告人に対して請求し得る「損害賠償額」の限度額も亦イの損害について金一五〇〇万円、ロの損害について金一〇〇万円だつたことは法律上明らかである。而して、被上告人は右「損害賠償額」の限度額の内、ロの損害につき金一〇〇万円、イの損害につき金九五二万円を既に支払つたと主張して上告人がその主張を認めている(第一審判決「事実」、第二の二の5、6(ニ)第一節、一の五(ニ)第一節「理由」二の一枚目裏九、一〇、一一行目、原判決「事実」三枚目裏四、五行目、「理由」2)が、被上告人が亡亀吉又は上告人に対して右計金一〇五二万円を超える「損害賠償額」を支払つたとは終始主張せず、現実にさような支払いの事実が存在しないことも明白である(原判決、第一審判決、各「事実」摘示、甲、乙各号証)。

二 次に、本件において自賠法第一六条が保障する「損害賠償額」による救済の対象とされている人的損害金額は、本件訴訟に先行した上告人の訴外水野建設株式会社外一名に対する福島地方裁判所いわき支部昭和五五年(ワ)第七〇号損害賠償請求事件の確定判決(甲第一号証、以下甲一などと略記し、先行確定判決という)により確定されて居る。その額は弁護士費用を除き、既に支払われた訴外日動火災海上保険株式会社からの任意保険金一四一五万六八二九円、被上告人からの自賠責(強制)保険金一〇五二万円、及び、物的損害金七万二〇〇〇円込で計金三四七八万八三〇六円であり、これより右既払額と物的損害額を差引いた人的損害未払額は金一〇〇三万九、四七七円となる(甲一、理由一、6、(三)、7)。そしてこの内金八八二万九三四六円はイの損害、内金一二一万〇一三一円はロの損害の未払残額であつて、そのイの損害額そのものについては被上告人自身自らその額を主張して争わず(第一審判決「事実」摘示第二の二の6(一)(1)~(6)、原判決「事実」摘示)、ロの損害の未払残額についても、これが先行確定判決が確定した人的損害全額からイの損害額と当事者間に争いのない任意、自賠責の各保険金既払額を自動的に差引いた争う余地のない金額であり、事実被上告人はその額そのものは明らかに争つてはいない(原判決、第一審判決、各「事実」摘示)。結局、本件で問題とされている自賠法第一六条の「損害賠償額」の救済の対象である人的損害の未払残額の弁護士費用を除く合計金一〇〇三万九四七七円の金額そのものは争いの余地がなく、被上告人もそれを争つているものではない。

三 唯、この人的損害未払残額金一〇〇三万九四七七円と物的損害額金七万二〇〇〇円の先行確定判決により確定された計金一〇一一万一四七七円に対して、同判決によつて認められて確定した弁護士費用金七〇万円の中、自賠法第一六条の「損害賠償額」の対象として本件で請求し得べき金額につき双方の主張が対立している。上告人は右弁護士費用金七〇万円は、その前提として先行確定判決により認められ確定した損害賠償金額計金一〇一一万一四七七円を、(1)、イの損害(未払)金八八二万九三四六円、(2)、ロの損害未払額金一二一万〇一三一円、(3)、物的損害(未払)金七万二〇〇〇円の三つに分類して、この三つの額に按分して算出した金六一万一二四〇円、金八万三七七五円、金四九八五円の中、前二者の計金六九万五〇一五円が右イとロの人的損害未払額に加算されて、その合計金一〇七三万四四九二円が右「損害賠償額」の救済の対象にさるべきであると主張する(原判決「事実」摘示、「控訴人の主張」3原審昭和五八年二月一七日の口頭弁論において陳述された上告人の昭和五八年一月三一日付準備書面第一、の七、八)。これに対して、被上告人は自賠法第一六条の「損害賠償額」の救済の対象となるイの損害は金八八二万九三四六円であるとする主張のみは上告人の右(1)、の主張に完全に一致する(第一審判決「事実」摘示第二の二の6の(一)の(1)~(6))が、確定した弁護士費用金七〇万円の中、このイの損害に対応する額は、先行確定判決に係る先行訴訟において上告人が請求もしなかつた前記既払いの任意、自賠責(強制)保険金各金一四一五万六八二九円と金一〇五二万円及び物的損害金七万二〇〇〇円を差引かない全損害合計金三四七八万八三〇六円を算定の基礎とし、その合計額に対して恰も弁護士費用金七〇万円が認められて確定したかのように考えて金一七万七六六〇円と算出し、ロの損害の未払残額などは総べて無視し、右イの損害額にこれを加算した合計金九〇〇万七〇〇六円のみが右「損害賠償額」の救済の対象となると主張した(第一審判決「事実」摘示第二の二の6の(一)の(1)~(8)、原判決「事実」摘示、二枚目表一~三行目)。右弁護士費用金七〇万円は先行確定判決の認容額金一〇一一万一四七七円に対して認められた額であつて、金三四七八万八三〇六円という経過説明のために述べたに過ぎない莫大な額に対して認められた額などでは全くないのであるから、被上告人の右計算方法が全く誤りであることは火を睹るよりも明らかである。

四 然るに、驚くべきことに、原審は先ず第一に、本件でイの損害は被上告人主張の右金九〇〇万七〇〇六円に過ぎないことを簡単に認容して、ロの損害の未払残額金一二一万〇一三一円やこれに対応する弁護士費用が金八万三七七五円あるという上告人の前項の主張を総べて無視した第一審判決(「理由」二枚目裏七、八行目、同「事実」第二の二の6の(一)の(1)~(8)をその儘引用した(原判決「理由」三枚目裏五、六行目)。剰え、第二に、亡亀吉が自賠責保険金から既に施行令第二条第一項第二号の傷害分金一〇〇万円、後遺障害分金九五二万円の保険金(損害賠償額)の支払いを受けた後に死亡した場合は、前記本件イの損害に充当されると解すべきであるから、イの損害はすべて填補済みであると認定した第一審判決(「理由」二枚目裏九行目から三枚目表五行目まで)をその儘引用してこれを是認した(原判決、理由、冒頭、3の三、四行目、同3の二枚目裏四ないし一〇行目)。右認定の通り、亡亀吉の生前、施行令第二条第一項第二号のイやロの傷害分や後遺障害分として金一〇〇万円と金九五二万円計金一〇五二万円が支払われた後に右亀吉が死亡した場合、これが同第一号のイの「死亡による損害」とロの「死亡に至る迄の傷害による損害」に充当さるべきことは何人にも異論の余地はなく、上告人も終始その主張に立つていることは第一審、原審各判決の各事実摘示や上告人提出の各準備書面によつて明らかである。そうとすれば、本件で上告人の救済の対象とされるイの損害の「損害賠償額」の限度額とロの損害のそれは前第一項記載の通りそれぞれ金一五〇〇万円と金一〇〇万円計金一六〇〇万円であるから、現実に算出されたイの損害もロの損害も何れもこれを無視してはならない。にも拘らず、原審は前第二項の通り金額そのものには争いの余地のない右ロの損害の未払残額を無視する認定をし乍ら、その重大な認定について被上告人の主張を引用するのみで、上告人の反対の主張を排斥した具体的、合理的な理由を全く附していないし、又、余りにも不合理な無視であるからそれを附することもできない。更に、右「損害賠償額」の保障限度額が計金一六〇〇万円であつて現実に支払われた自賠責保険による「損害賠償額」の合計が金一〇五二万円に過ぎず、その限度額の枠の残額が金五四八万円あることが明白であり、且つ又、前第二項の通り、それら既払額を総べて差引き右「損害賠償額」の救済の対象となる人的損害の弁護士費用を除外したイ、ロの損害の合計額が金一〇〇三万九四七七円であることについては争いの余地がないのであるから、前第三項の通り金額に争いのある弁護士費用金七〇万円の中の人的損害分を一応除外して考えても、右人的損害残金一〇〇三万九四七七円は右自賠責保険の限度額の残枠金五四八万円を限度として救済され、本件においてその請求は当然認容さるべきものである。にも拘らず、原判決は既に人的損害額から疾うに控除されている自賠責保険の右金一〇五二万円によつてその人的損害残額が填補されたという洵に矛盾した理由を附して上告人の請求を斥けたのである。審理不尽、理由不備も甚だしいという外ない。

五 前第三項記載の通り、未払いの人的損害残額金一〇〇三万九四七七円に対する弁護士費用が金六九万五〇一五円でその合計金一〇七三万四四九二円が本件で救済の対象とされ、その内、保険限度額の残枠金五四八万円が認容さるべきものであるが、原審はその救済対象額の中、ロの損害の未払額金一二一万〇一三一円とこれに対応する弁護士費用を無視した上で、判決理由(原判決理由三枚目裏五、六、七行目)には上告人の主張する金九四四万〇五八六円と被上告人の主張する金九〇〇万七〇〇六円を併記するのみで、筋道として何れが正しいかについては一切判断せず、検討を加えようともしなかつた。人的損害の確定的な残額が幾らかは本件では重要な争点であるから、その判断を回避することはそれが判決に影響を及ぼしたか否かに係らず、審理不尽、理由不備として冒頭に主張した通り絶対的上告理由となる。然るに、上告人がこの点の正確な判断を求めた上で人的損害の未払残額のうち、保険の残枠金五四八万円の限度で「損額賠償額」の支払を求めるため、原審昭和五八年二月一七日の口頭弁論において陳述した上告人の同年一月三一日付準備書面(二、の八行目以下、八、第一審上告人の昭和五七年三月一六日付準備書面三)によつて、この点詳細に主張したのに、原審はそれを無視した。原審は上告人の本訴請求が自賠法第一六条の「損害賠償額」と明記された条文に基づく保険会社に対する「損害賠償額」請求事件であつて、加害者に対する「損害賠償」請求事件ではないのに、原判決の冒頭(一行目)でも理由(二枚目裏一、二行目)でも「損害賠償額」と表示すべきを「損害賠償」又は「損害賠償金」と表示し、その本質を誤解している。被上告人は第一審において本件で上告人に対して支払うべき人的損害の残額が金九〇〇万七〇〇六円であることを認めた上で、被上告人が既に損害賠償額として傷害分金一〇〇万円、後遺障害分金九五二万円、計金一〇五二万円を支払つたから右人的損害はすべて填補済となると主張した(第一審判決「事実」摘示第二、の二の6の(二))が、それは誤魔化しであり、右金一〇五二万円を支払つた結果が人的損害の未払残額金九〇〇万七〇〇六円になつたのであるから、もう一度その金一〇五二万円を持出してその未払額が填補済となつたなどという原審のような事実認定はひどく矛盾したものであつて、著しく裁判の権威を傷つけるものである。

六 原判決(理由三枚目表七ないし一一行目)は亡亀吉が死亡前に施行令第二条第一項第二号ロの後遺障害分として金九五二万円の「損害賠償額」の支払いを受けて後に死亡した本件の場合について、その既払いの保険金は同項第一号のイの損害にしか充当する余地がない旨の法律判断を示し、その判断のために同判決理由二枚目表九行目から三枚目表七行目迄の詳細な法律論を展開するが、この法律論は当事者間に争いがなく(原判決理由4に掲げられた上告人の主張)、上告人が同第二号のロの後遺障害分として支払われた金九五二万円を同第一号イの損害に流用することを認めるからこそ、前第二項記載の通り、その流用をして、一切の弁済がなされない当初の損害総額金三四七八万八三〇六円からその自賠責保険、任意保険の既払額と物的損害額を差引いた人的損害残額金一〇〇三万九四七七円とこれに対応する弁護士費用の合計額金一〇七三万四四九二円につき保険限度額残枠金五四八万円の範囲で本訴請求をなしているのである。そしてそのことは訴状、準備書面、第一審判決、原判決の各記載等弁論の全趣旨からも明白である。然るに、原判決はその不要な法律論について詳細な理由を掲げ、反面必要な事実上、法律上の争点については何等合理的、具体的な理由を附さず、却つて矛盾した判断のみを示したに過ぎないのである。

七 以上の通り、上告人は自賠法第一六条の救済の対象となる人的損害計金三四七一万六三〇六円から既に支払われた自賠責保険と任意保険金の各全額を差し引いた未払残額金一〇〇三万九四七七円にこれに対応する弁護士費用金六九万五〇一五円を加算した金一〇七三万四四九二円について保険限度額の残枠金五四八万円とこれに対する遅延損害金のみを請求しているのである。然るに、原審はその人的損害未払残額を被上告人の主張する通り金九〇〇万七〇〇六円であると漫然と認定した上で、その残額は上告人、被上告人の何れの主張によつても右既払いの保険金全額を差引いた残額であることは火を見るよりも明らかであるのに、何等の理由もなく、その中の自賠責保険金一〇五二万円を実質的に、もう一度二重に右人的損害未払残額に充当して、上告人の人的損害はこれによつて全部填補されたと判断し請求を棄却したのである。これは明らかに自賠法第一六条の解釈適用を誤り、それが判決に影響を及ぼしたものである。尚、このような違法な充当を敢てした場合でも、人的損害未払残額が上告人の主張する通り金一〇七三万四四九二円であると正しく認定しさえすれば、これに右金一〇五二万円を充当しても、その残金二三万四四九二円については本訴請求が認容されなければならないことになるのである。

八 前第二、三項記載の通り、上告人は本件交通事故により訴外水野建設株式会社外一名に対し、イの損害金八八二万九三四六円、その支払いを求める訴訟をしたことによる弁護士費用金六一万一二四〇円、ロの損害から強制、任意両保険により支払われた金額を差引いた残金一二一万〇一三一円及び、その支払いを求める訴訟をしたことによる弁護士費用金八万三七七五円合計金一〇七三万四四九二円の自賠法第三条と民法第七〇九条に基づく人的損害賠償請求権を有する。又、上告人は同事故により同訴外人両名に対し、物的損害金七万二〇〇〇円とその支払いを求ある訴訟をしたことによる弁護士費用金四九八五円、合計金七万六九八五円の民法第七〇九条に基づく物的損害賠償請求権を有する。而して、その人的、物的請求権の合計金一〇八一万一四七七円は単一の交通事故により発生した一個の債権であつて数個の債権の集合ではない。既払いの強制任意両保険により金一〇五二万円と金一四一五万六八二九円が支払われた分を含めた総計金三四七八万三〇六円でさえ元来一個の債権であつて、唯、その一部が弁済により消滅したに過ぎない。従つて、右請求権に代るものとして被上告人に対して自賠法一六条により保険限度額金一六〇〇万円の範囲内で与えられている「損害賠償額」請求権も亦一個の債権であつて数個の債権の集合ではなく、その支払いを求めるための本件訴訟における訴訟物も一個であつて数個の訴訟物の集合ではない(御庁昭和四八年四月五日第一小法廷判決、民集二七巻三号四一九頁、同解説同年度四五四頁、その他上告人の第一審昭和五七年七月一五日付準備書面三、御参照)。唯、既に内金一〇五二万円が一部弁済されて同損害賠償額請求権が一部消滅し、保険限度額の枠の残金五四八万円の請求権しか残つていないというに過ぎない。然るに、原審は正当な意味における人的損害未払額が金一〇七三万四四九二円現実に未払いの儘残されて居り、上告人がそのうち保険限度額残枠金五四八万円の賠償額を訴求しているのに、何等合理的、具体的理由を付さず、唯上告人の解釈は到底無理であるとしてその請求を棄却した第一審判決(理由三枚目表一〇行目以下)をその儘引用して、上告人の請求を斥けたが、被上告人は右金一〇五二万円を超えて亡亀吉や上告人に対して損害賠償額を支払つたという主張は一切していない(第一審判決、原判決各「事実」摘示)。その主張もなくして右金五四八万円の保険の残枠の支払いを否定する判断をするのは明らかに民事訴訟法第一八六条の不告不理の原則違反であり、この違反が判決に影響を及ぼしたことも明らかである。

九 原判決は保険の適用を一個の訴訟物の一部に限定するのは違法ではないという第一審判決(理由四枚目表一〇行目以下)をその儘引用し(原判決理由冒頭、4)、これを是認したが、それならば尚更のこと、右保険の残枠金五四八万円を未払いの人的損害のイの損害、ロの損害、これに対応する各弁護士費用の何れの救済のために適用してもよいことになる筈である。そして上告人はその保険の適用を本件の一個の訴訟物の全部について求めているのである。従つて、自賠法第一六条を正しく解釈する限りは、上告人の請求の対象が保険限度額残枠金五四八万円について人的損害未払残金一〇七三万四四九二円の何れの部分の救済のために適用されても何等差支えないことは明白である。然るに、原審は何等被上告人のこれを排斥するに足る具体的抗弁もないのに、その保険の適用を拒否して上告人の控訴を棄却した。この観点からも原判決は不告不理の原則違反である。

依つて、何れにせよ、原判決は破毀を免れない。

以上

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